BLUE ROSE/WHITE ROSE

後編

 

 昼下がり、アリオスの優しい視線に見守られて、アンジェリークは屋敷の庭にある、屋外の薔薇園で剪定作業をしていた。
「アンジェリークはいるかな?」
 低い落ち着いた声に導かれて、アンジェリークは振り返った。
「ロレンス卿!!」
 そこにいるのは穏やかな紳士の顔。
 アンジェリークは、疑うこともなく、彼に駆け寄ってゆく。

 来やがったか、"青い薔薇”の為に----

 アリオスは、木にも垂れていた体をゆっくりと立て直すと、ゆっくりと二人の傍に行く。
 穏やかな昼下がり----
 アンジェリークの薔薇園は、春のさわやかな風がさわさわと吹き抜け、白い薔薇が揺れている。
 彼女の薔薇園は、"青い薔薇"の研究過程で出来た、白い薔薇が所狭しと咲き乱れ、まるで天国だ。
「調子はどうかと思ってね?」
「全くダメです。もう諦めが入ってきています」
 屈託のない笑顔を彼に向け、アンジェリークは、栗色の髪をサラリと揺らして首を振る。
「お父さんの研究を引き継いでもかな?」
「そうです・・・。荷は重いけど、頑張るしかないんですよね・・・」
「そうだ。アンジェリーク」
 穏やかな微笑を浮かべポンと彼女の肩を叩くロレンスの姿は、どこから見ても慈愛に満ち、まるで父親が娘を心配しているように見える。
 全く、あの姿だと、彼があんなことをやってのけるとは誰も夢には、夢にはないだろうと、アリオスは思った。
 彼は、じっと身じろぎもせず、背後から二人の様子を覗う。
「----アンジェリーク、ちょっと、君のお父さんについて大切な話がしたいんだが・・・、あの男を少し外してもらえるだろうか?」
 深刻に響くロレンスの声に、アンジェリークは、一も二もなく頷いた。
「アリオス!!」
 彼を自分の傍に呼び寄せると、彼女は済まなそうに、彼の不思議な瞳を覗き込む。
「ちょっと、大事なお話があるらしくて、少し外して欲しいんだけど・・・」
 ロレンスの意図は、アリオスには直にわかった。
「悪ィが、それは無理な相談だ----な、ロレンス卿よ」
 アリオスは、ロレンスに左眼をつぶる。
「何のことだ」
 少し動揺したからだろうか。ロレンスの表情は僅かに強張り、穏やかな表情が翳った。
「あんたが一番わかってんじゃねえのか?」
 うっすらと笑い、アリオスの瞳は野獣のような冷たいきらめきが影を造る。
「アリオス?」
 不安そうに、二人を交互に見やるアンジェリークは、何がなんだか判らない。
 フッと自嘲気味に微笑んだロレンスは、穏やかな仮面を外し、アンジェリークの頭に銃口を突きつけた----
「"青い薔薇”のフロッピィはどこだ・・・?」
 声にならない悲鳴を上げ、アンジェリークは縋るような瞳をアリオスに向ける。足が竦んで動くことが出来ない。
 アリオスの表情は動揺の翳りも見られない。
 むしろ、その黄金と翡翠の瞳は力が増し、超然とした美貌には残酷な影が浮かび上がる。
「その女を撃てよ・・・」
 アンジェリークは耳を疑い、アリオスの瞳を見た。
 僅かに翳った彼女への想いが、まっすぐと見て取れる。
 彼の瞳は語る。

『俺を信用しろ・・・』と----

 その様に解釈したことが、正しいと密かにアンジェリークは想う。
 そうすると、心が不思議と落ち着いてきた。
 それは、僅か数秒の出来事だった。
 アンジェリークが絶対に動かないと判断し、アリオスは瞬座に愛銃・ワルサーPPK/Sを抜くと、ロレンスの手にある銃を弾き飛ばしてしまった。
「クッ!!」
 ロレンスは右手を抑え、アンジェリークをアリオスへ突き飛ばすと、そのまま走り去る。
 ぐらりとしたアンジェリークを彼は素早く抱きとめる。
「追うぞ!!」
 彼はアンジェリークの手を取り、そのまま引っ張るようにして走る。
 ロレンスは愛車アストンマーチンに飛び乗り、アリオスも愛車BMW−Z3に飛び乗り、後を続く。
 二台の車は、石畳の町を駆け抜ける。
「わざと逃がしたの?」
「----あの薔薇の楽園は、ヤツの死に場所にふさわしくない・・・。ヤツはヤツの死に場所がある・・・」
 アンジェリークは、益々頭が混乱する。
 何も疑うことすらなかったロレンス卿に裏切られ、また、どんな事件に自分が巻き込まれているかも判らない。
 彼女は唇を強く噛み締めると、震える体を抱きしめる。
「おまえに、そろそろ俺がどうしておまえのボディガードになったか言わなければならないな」
 アンジェリークはピクリと体を震わせる。
 知りたいが、知るのが恐いような、そんな想いで心がつぶれそうだ。
 アリオスは、フッと深い微笑を浮かべると、彼女に真相を語り始めた。
「MI−6は、コレット博士に、生物兵器になる物質の解析を依頼していた。
 博士は、その解析がてら、自らの研究の分析も同時にしていた。
 そう----”青い薔薇"だ。
 殺された夜も、やはり、博士は仕事と趣味の解析を同時に行っていた。
 そこに、データを盗みに来たのが、ロレンスだった。
 ヤツは、少しだが、軍にもいたことがあるから、銃器の扱いはなれており、自ら手を下して、博士を射殺した。
 ヤツが狙っていたのは、"青い薔薇"のフロッピィだけだった。
 ヤツは、自分が"青い薔薇"を生成する力も、金も、頭もないことを知っていた。
 だが、どうしても手に入れたかった。そのために、殺した」
 アンジェリークの口から声にならない嗚咽が漏れる。
「----が、この時ヤツが間違って、持っていったのが、機密の高い生物兵器のフロッピィだった。
 最初は、焦ったらしいが、ヤツはこのデータをある武器商人にふっかけることで、金にしようとしていた。
 うまくいってりゃあ、明日が取引の日だが、そんなものはもう、行われねえよ。
 戦争を金にするヤツには、反吐が出る!
 とにかくヤツは、金を得ようとし、また、"青い薔薇"のフロッピィをも手に入れようとしていた。
 そこで、あんたが"青い薔薇”のフロッピィの持ち主として、襲われた」
 淡々とアリオスは語るが、アンジェリークには、まだ総てを受け入れる準備は出来ていなかった。
 縋るようにして彼の腕を掴むと、彼は、一瞬、その手を重ねてくれる。
「そこで、ヤードのヴィクトールがおまえにボディガードをつけた。
 ヤードとしては、ロレンスを殺人罪で逮捕したかったからな。
 ・・・が、軍事機密にかかわることが判明したのでとりあえずは、MI−6としては、おまえにエージェントのボディガードをつけたくて、ヤードと検討した結果、俺が派遣された。
 殺人罪としてのロレンスを、ヤードが逮捕するという条件でな」
 アリオスは、バックミラーを指差す。
「”ヤード”の皆様のおそろいだ」
 バックミラーには、ヴィクトールを始めとする"ニュー・スコット・ランド・ヤード”の面々が、彼らの後を追っている。
 アンジェリークは、相変らず混乱し、不安な心を抑え切れない。
「----アンジェリーク・・・、おまえは、総てを理解するためには時間が必要だ。今日一日で、理解しようと思うな」
「だったら、力になってくれる・・・?」
 彼女の問いに、アリオスは、一瞬、寂しそうな微笑を浮かべる----
「出来たら・・・、な」
 アンジェリークは、彼の深い声での言葉を、肯定的に受け止めた。  

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 海岸線を通り抜け、アストンマーチンがたどり着いたのは、ロレンスが愛して止まない、彼の居城"薔薇の館"だった。
 彼は、広大な敷地に広がる薔薇の園を走り抜け、アリオスとアンジェリークもそれに続く。
 薔薇の園は、やはりアンジェリークのそれと同じで、白薔薇の楽園だった。
 終に、彼は行き場を無くし、二人に向かい合う。
「私の"青い薔薇"の園だ!! 誰にも邪魔をさせん!!」
「----そうか・・・。じゃあ、望みどおり、送ってやる・・・。"薔薇の園"にな・・・」
 アリオスは、素早く銃を抜くと、ロレンスに銃口を向ける。
 ロレンスは、うっとり薔薇を見つめ、最早、抵抗しなかった。
 一瞬、午後の風が、白薔薇、ロレンスの漆黒の髪、そしてアリオスの銀色の髪を優しく撫でた。
 アリオスの冷徹な瞳が、野獣のそれに代わる。
 ----瞬間、一発の銃声が、薔薇園に轟いた。
「蒼だ・・・、青い薔薇だ・・・」
 ロレンスは夢見るように、刹那、呟くと、ゆっくりと白薔薇の絨毯の上に倒れこんだ。
 白い薔薇は、見る見るうちにロレンスの血に染められ、赤くなる----
 アリオスは、静かにロレンスに、最早死体となってしまった彼に近付き、跪くと、ジャケットのポケットから、フロッピィディスクを取り出した。
 彼は立ち上がると、ディスクを宙に投げ、それを撃ちぬいた----
 ディスクの破片が、ロレンスの体の上に、まるで雪のように散らばった。
「----どうして抵抗しないものを撃った!!」
 後から来て、一部始終を見ていたヴィクトールが、鋭い声を張り上げた。
「殺人罪だ。貴様を逮捕するぞ!!」
 アリオスは、ふいに自嘲気味に笑うと、コートの胸ポケットから、一枚のカードを取り出し、無言でヴィクトールに差し出した。
「----おまえ・・・、"00(ダブルオー)(1)”か・・・」
 彼が提示したのは、”殺人許可証"----
 一部のエージェントのみが持つ、"殺しのライセンス"
「俺の任務は終了だ。後は頼んだ」
  アリオスは、けしって振り返ることもなく、薔薇園から出てゆく。
「待って!!!」
 アンジェリークは、悲鳴に近い声を上げ、彼を追いかける。
「私を連れて行って・・・!!!」
 背中に縋るように抱きつかれ、アリオスは、一瞬、歩みを止め、振り返った。

「アンジェリ−ク・・・」
 彼は最後とばかりに、彼女の頬を愛しげに触れる。
 その温かさとやさしさに、アンジェリークは、心がゆっくりと満たされる。
「俺は、"存在しない"人間だ・・・。おまえの傍にいることは出来ねぇ・・・」
「・・・アリオス・・・?」
 耳を疑い、彼女は思わず聞き返す。
 彼は、ふいに優しい微笑を浮かべアンジェリークに一瞥を投げると、静かに手を頬から離す。
「おまえを、いつでも見守っている・・・」
 彼は、踵を返すと、まっすぐ薔薇園を出て行く。
 追いかけたかった。どうしても追いかけたかった。
 だが、足が竦み、動かない。
「アリオス・・・」
 寂しそうに呟いて、ヴィクトールがポンと彼女の肩を叩いた。
「ヤツの運命だ。これ以上、おまえを危険に曝すことが出来ないのだろう・・・」
 アンジェリークは、その場に崩れ落ちると、堰を切ったように泣き崩れる。
 こんなに泣いたのは、生まれて初めてだと思いながら----



「中佐、お疲れ様でした!!」
 薔薇園の入りぎうちでは、彼の後輩であるランディが待っていた。
「任務完了だ」
「では、諜報部長がきっと首を長くして待っていることでしょう・・・」
 車に乗り込み、アリオスは、ふと薔薇を指差す。
「おまえには、あの薔薇は青色に見えるか? ランディ」
「僕には白にしか見えませんが・・・」」
「----そうだな・・・」

 アリオスは、静かに笑うと、煙草に火をつけた。

 アンジェリーク・・・。おまえは俺にとって"青い薔薇"だった・・・。
 そう、決して手の届かない。

  アリオスは、総ての思いを断ち切るようにまっすぐと前を見つめると、そのまま車を発進させた----

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用語解説
00(ダブルオー)・・・英国情報部で、"殺人許可証"をもつエージェントのこと。
彼らは、"存在しない"とされ、困難な事件の担当を任される。
もちろん、自分が任務に失敗して、命を落としても、情報部に責任はないとされる。
それは、"存在しない"人物のため。


コメント
とりあえず、3回で押し込みました。
これを、NETに載せていいのかと思ったほどの、へぼさで、じっくりやれば、完結にむちゃくちゃかかるストーリーです。
今回、初めて、二人はくっつきません。
ホンマ最悪の仕上がりなので、いずれは改定します。
本当にごめんなさい。
最後の薔薇のシーンだけのために、これは存在しています。
困難でよければ、翡翠様、いくらでも上げます!!



       

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